何があってもあなたの存在は欠けないよ。

自分は欠けることのない、まぁるい存在なんだ。 自分に向けられた否定的な言葉や態度で、 自分が欠けてしまったように感じるときもあるよね。 自分の努力が足りないから、 自分の能力が足りないから、 自分の知識が足りないから、 自分をつい「足りない」存在して、 そこから、不足を埋めようって思う。 それをやり続けると、 ときに、自分を責めてくる相手を嫌ったり、 フィードバックをしてきた人を責めたり、 自分の今の環境のせいにしてみたり。 こんなに私も頑張っているのに……って想いに駆られる。 そんなことを続けて、自分の身体も疲弊している人って結構いる。 かつての私もそうだったし、今でも、その癖はある。 でもね、ようやっと今日、 「あっ、何を言われても自分の肉体まで欠けた感じがない」ってところに来た。 それは、その言葉や態度を受け入れないのではなくて、 相手との間に起きた出来事の意味を、俯瞰しながら感じられたってこと。 自分はベストを尽くしたのか? それが相手にどう捉えられたのか? そこから、今の私にできることはあるのか? そこから、私が学ばせてもらうことは何か? 以前ならぜーんぶ自分か相手のどちらかのせいになり、 そうすると、そこから気づくことも、学びも、繋がりも生まれない。 だから、まずは自分は欠けることがない存在なんだって、知ること。 頭で知るんではなく、身体で感じること。 その積み重ねが、きっと一歩一歩、人を成長させていく。 私の次のチャレンジは、そこからリクエストすること。 はい、ちゃんと自分の想い、考えを伝えることです。 やっぱり、人間は身体ごと成長する。 老化するんじゃなくて、成

最近、読み始めた2冊。

誰かの言葉や活字、毎日浴びているSNSの中の呟きや宣伝……。 ついつい思考が働きはじめてしまう私は、 頭がまわり始めると止められないため、 ちょっと本も新聞もSNSも距離が欲しかった日々。 特に7月は資格試験の勉強でかなり言葉と向き合い、 どこまでも言語化が難しい世界のことを自分の言葉にしたり、 英語を翻訳された教科書を読み込む作業が続き、 ちょっと活字も言葉もノーモア……気分が8月まで続いていました。 そして、ここのところ、ようやく活字熱が戻ってきて。 (このblogを書いているのも、そのうちかも?) 薦められた本、本屋で気になった本を読み進めています。 今、読んでいるのがこれ。 『In Sight(インサイト)』ターシャ・ユーリック著 まだ90ページぐらいのことろですが、 いかに自分は、自分のことを知らないのか? 人はいかに自分を間違って認識しているのか? みたいな話がいっぱい出てきて、 ちょっと自分とかぶせて読んでいくと、 心がちょっぴり痛くなったり、騒ついたり、恥ずかしくなったり、、、しています。 自己認識って、最終的にできるんだろうか……? わかった! ときは最後のときなのかな……ぐらい深い話になりそうで。 500ページ超ある本なので、まだ先は長いのですが、 心をヒリヒリさせながら読み進めてみたいと思います。 あと、本屋で買ったのは、こちらの本。 『人体と宇宙のリズム』ルドルフ・シュタイナー著 人体も、宇宙の惑星も、多様な動き、働きをする個々が、 奇跡のようなバランスをとって生き続けている、、、と思ったとき、 何か宇宙の惑星から、体を知るヒントってあるのかな? ってと

「知識を知恵にする」時間。

今朝は朝起きた瞬間から憂鬱。 やる気が出ないし、何をやるのもめんどくさい。 なんでーー? って、ちょっと立ち止まったら、理由は明白で、 夜のセッションでミニ座学をやる予定があり、 その準備を、頭の中にあるものを書き出す作業が、、、面倒だったのです。 カラダ大学を開校した当時から、 私のセッションでは「理論的に説明」をすることが多くて、 3年を過ぎ、今は、どこまでも未知なカラダのことを、 ある部分を切り取って、知識として落とし込むことに難しさを感じており。 あーー、切り取れるかな? しかも、テーマは「食べ続けてしまう場合の内分泌と代謝」。 栄養学も漢方も勉強はしたけれど、決して得意じゃないし、 やっぱり「食」って、科学的根拠っていうより、 食べる環境とか、喜びとか、そういうものも大事じゃない? と思っておりまして。 カップラーメンだって、ペヤングだって、 何か一緒に達成した仲間と深夜に食べたら「旨い!」でしょ。 カラダに悪い! って、そうかもしれないけど、 その喜びって、かけがいのないものでしょ。 とか、いろいろ、うだうだと資料をまとめない言い訳が出てきました。 はい。でも、やりましたよ。 はい。ちゃんとミニ座学もやりました。 そしたら、めっちゃ、これが良かった! 内分泌系の連絡網の話をしたところから、 その人の、生きる本質みたいなものにたどり着いたのでした。 カラダの仕組みから、その人が本質的に大切にしていることについて対話する。 病気になるからダメじゃなくて、どうして、その行動が起きているのか? そこにジャッジメントなしで関わっていくと、本人も未知だったところに触れるんですね

未来の旅への準備

「過去に経験したことはすべて、 あなたの未来の旅とやるべき事を作り上げる 準備のための材料だったと考えるといい」 ーU理論 第2版 P539ー 数ヶ月前、20代後半の女の子に 「真理さん、使命ってどうやったらみつかりますか?」と真剣な顔で迫られた。 エーーッと、正直言って分からない。 言えることは「意外と近くあるんじゃない?」だった。 人からみたら、私自身が何か導かれるようにして、ここにいる感じがあるのでしょう。 もちろん、私自身もそんな感覚はあって、ここにいます。 でも、それが使命を知っている! とは、まだ直結していないんだ、正直なところ。 ただ、近くにいる感覚は以前よりグッとあって、 ボディワークを通して、人と関わること、 カラダを通して人と人が交流する場を創ること、 その学びを一緒に深め、カラダが持つ知恵を思い出すプロセスにいること。 これらは、意図せずに導かれたものに近く、 こんなにも自分が没頭し、魅了されるとは思ってもみなかった「お使事」です。 さらに、どうしても「書く」「伝える」「広める」という、 言語を使ったコミニケーションに関する事も、頭の片隅にずっとあるのも事実。 もしかしたら、私がライターとして働いてきたそれは 「準備のための材料?」と思いながら、 最近は、毎日のように、このblogを更新しています。 どちらかといえば、自分のための、自分の中の言語化で、 誰かのために書いたわけではないのですが、 今日は、先の私の質問してくれた、 彼女(彼女のような人たち)に、届くといいな、と思いながら。 自分のための言語化は、意外とスムーズで、 コツコツ続けるのが苦手な私が

動き続ける、磨き続けること。

「身体は動かし続けること、磨き続けること」 最近、ふとした瞬間に頭をよぎるのが、このこと。 東京で働いている人の多くが、動かずに働けてしまう。 効率化は進んだけれども、人間の肉体的な進化はまだ追いつかない。 人間の身体は動くために創られているし、動くと良いように創られている。 動くことで使っているのは筋肉だけではなく、 内臓、内分泌、神経系、脳、血液循環、リンパ循環……と、 身体すべてに何かしらの影響を与えているわけで、 「動かない選択」をした場合、それらすべてが滞る可能性すらある。 まだまだ、運動とメンタル、運動と能力向上、運動と直観力みたいな分野は、 未知のことが多いけれども、 簡単に誰もが心身を安定させ、内なる自分を表現し、 必要なとき、必要なアイデア(直感)を受け取れるようになる。 そして、動き続けている人は、行動することも苦にならない。 私自身は、ボディワークを仕事にしていなかったら、 怠惰な暮らしを続けてしまうタイプ。 できれば動きたくないし、引きこもっていたいし、何もしたくない、笑。 けれども、なぜか惹かれたボディワークの世界に飛び込み、 肉体的な変化はもちろん、内的な変容をものすごく感じている日々。 今でも、ひとりならヨガの練習もやっていない。うん。基本が怠け者だから。 でも、まわりに動く仲間がいて、心身を調整してくれるプロたちがいて、 レッスンやセッションを受けると、パコッとスイッチが入る感覚が好き。 このパコッとスイッチが入り、そこから動き出す、 心身の流れ、リズム、他者と協働するリズムを知ったから、 その感覚が好きだから、続いている部分は大きいなーって思う

カラダ大学の誕生日。

今日は、カラダ大学の誕生日。4年目に突入します。 3年って、あっという間で、 創って壊し、創って壊した1年目。 自然と育まれた軸に沿ってコツコツ続けた2年目。 広がる予感を持ちつつ、ブレずに続けた3年目。 カラダ大学をサポートしてくれる、通ってくれる人たちがいて、 興味を持って見守ってくれる人たちがいて、 時に一緒に何かを初めてくれる人たちがいて、 いろんな人たちの「想い」で続いてきたな、と感じています。 この出会い、想いに感謝しかありません。本当にありがとう。 個人的には、たくさんの人たちの内面に触れさせてもらい、 私自身のために創ったのかな? と思うぐらい、 自分自身の内面的な変化が激しい3年を過ごしました。 特に3年目は「すごいと言われないといけない、思われたい」という、 エゴマインドがそこかしこに顔を出し、自分と向き合う時間でした。 ボディワークする人は、皆、どこかカリスマ的なところがあって、 「そのようにならなければ、広がらないんだ」と、 必要以上に自分を大きく見せたり、見せるために頑張ったり。 でも、そもそも、自分がすごいボディワーカーになりたいんだっけ? という、本質的な問いに帰ったとき、 カラダ大学は、人の成長、意識の進化をサポートする「場」であって、 そういう「場」を創りたい、という原点に今、立ち戻っている感じです。 さて、4年目は何が起きるかな? まだまだ、カラダ大学も、アクティブに変容し続けます。 北参道の古いマンションの一室で、 カラダの知恵を育み、知恵を紡いでいく。 そんな時間を楽しみにいらしてくださいね。 9月からは、また新しい試みもちょっとずつ進め

「何者にでもなれる!」としたら?

「何者にでもなれますよ」 ある人にそういわれて、何者にでもなれるのか……と、 嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、困った気持ちが混ざった複雑な気持ちがある。 何者かになる! をやめたのが、つい最近だったから、ってのもある。 これまでの人生でも、十分に「なりたいもの」に一生懸命だった自分がいる。 そして、その世界で、思いっきり走り、つまずき、立ち上がってきた。 ライターとしても、ボディワーカーとしても。 でも、今年に入って、何かぐっと心震える何か、、、を求めている自分がいるのも確か。 それは、職業とか、技術とか、肩書きとか、そういう何者かじゃなくて、 何か「世界観」とか「概念」とか「価値意識」みたいなものに近いもの。 ライターとしても、ボディワーカーとしても、心震える瞬間をたくさん頂いる。 その、心震える瞬間を、もっと広げたいのか? 心震える瞬間の中でずっと過ごしたいのか? まだ、今の私には分からないけれども、それを探求するために、 今年は、まだまだ自己探求が続き、自分のエゴの声と向き合っている感じがある。 (私のエゴの声はよく「そんなこと、出来なかったらどうするの?」と、 あらゆる逃げ道、逃げ言を考え、用意して、前に進むことを良しとしないみたい) 今日は七夕。 自分がどんな世界を観たいのか? 少しだけ言葉を書き出してみた。 宇宙的バランスのとれた 「地球・自然の美しさ」を内包するエネルギーとともにいたい。 まずは、この願いとともに過ごしてみようと思う。 さてさて、何が起きるかな。 mari

私たちは生きているだけで影響され、影響を与える生き物。

今年の夏はボディトークの試験勉強と、 母の怪我によって降ってわいてきた家事全般で、あっという間に過ぎ去り、 気がついたら、なんだか毎日が涼しくて、心身ともに復活ぎみの坂本です。 なので、またまた気ままにblogに向かってみているわけです。 心身ともに余白が出てくると、未来に想いを馳せたり、過去を振り返ってみたり。 「今ここ」以外のことで余白は埋められていくのですが、 今このタイミングで、この時間があること意味があって、 少しだけ、これまでのボディワークと、これから……について綴ってみたいと思う。 ボディトークの練習セッションを繰り返す中で、今、感じているのは 私たち人間の身体は、あらゆる「モノ・ヒト・コト」に影響されているということ。 そしてまた私自身も、あらゆるものに影響を与えている存在であるということです。 ボディトークでは、これまで目には見えない、触れることができなかった 「感情」や「過去の経験」、そこから蓄積された「信念」や「習慣」などを、 身体の声(潜在意識)を聞き、明らかにしていきます。 どんな施術なのかについては、また詳しく書こうと思いますが、 セッションの中で明らかにされる「カラダの声」は実に多種多様で、 そんな事や物、環境からも影響を受けているの? と、驚きの連続です。 身体を整え、呼吸、姿勢、動作に変化をもたらすことで、 知覚や認知が変わり、行動や言動が変わることはもちろんあります。 脳が新しい選択を「快」と感じ始めれば、 その人の人生は、どんどん新しい道へと誘われていく。 ただ、新しい選択、動作、姿勢、呼吸をなかなか継続しない身体もある。 さらに言えば、新

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